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第22話 拓翔の行動

Auteur: 釜瑪秋摩
last update Dernière mise à jour: 2025-07-22 20:00:43

 僕は、もう一週間も眠れない夜を過ごしていた。

 スマホの画面を何度も確認するけれど、紀子からの返信は来ない。当然だった。彼女は最後のメッセージで、もう連絡しないでと言ったのだから。

 それでも僕は、諦めることができなかった。

 あの日、紀子の写真を見たときの気持ちを思い出す。確かに驚いた。でも、それは彼女が思っているような嫌悪感ではなかった。むしろ、ほっとしたのだ。

 紀子は、ずっと自分のことを醜いと言い続けてきた。だから僕は、相当な容姿の人を想像していた。でも実際の写真は、ごく普通の、むしろ優しそうな表情をした女の子だった。

「なんだ、全然大丈夫じゃないか」

 それが、僕の率直な感想だった。

 自分だって、身長が低いことで散々からかわれてきた。人の容姿をどうこう言えるような立場ではない。それに、紀子の魅力は見た目ではなく、その優しい心や、物事を深く考える知性、そして純粋さにあった。

 写真を見たあとも、彼女への愛情は微塵も揺らがなかった。むしろ、やっと実際の彼女を知ることができて、嬉しかったのだ。

 でも、紀子には信じてもらえなかった。

『もう連絡しないでください』

 あの言葉が、何度も頭の中で響く。紀子の気持ちもわかる。容姿にコンプレックスを持つ彼女にとって、写真を見られることは、心の奥の傷をえぐられるような体験だったのだろう。

 でも、だからといって諦めるわけにはいかない。彼女が誤解したまま関係を終わらせてしまうなんて、あまりにも悲しすぎる。

 僕は、パソコンの前に座り、新しいアカウントを作成した。名前も、アイコンも、すべて変えて。そして、紀子が使っていた掲示板にアクセスする。

 紀子がもう戻ってこないことはわかっている。でも、もしかしたら、気が変わって覗きに来るかもしれない。そのときのために、メッセージを残しておこう。

 本名を晒すわけにはいかないから、ハンドルネームで。

『NORIへ。君がこれを見てくれるかはわからないけれど、どうしても伝えたいことがある。僕の気持ちは、君が思っているようなものじゃない。君は美しい人だ。外見的な美しさ

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